コラム

特別無料公開!!『エリア・フランチャイズ制度に関する調査報告書(H23年3月)』~エリア・フランチャイズの歴史~

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エリアフランチャイズ

FC研では、平成29年2月に「エリアフランチャイズ 日本唯一のエリアフランチャイズ導入の手引書」を執筆しました。これは、日本で初めてのエリアフランチャイズ制度導入の指南書となっています。

本書籍の発刊にあたり、平成23年3月に調査・執筆した「エリア・フランチャイズ制度に関する調査報告書 ~本邦初!エリア・フランチャイズ制の調査・解説~」の情報をコラムとして抜粋掲載することにしました。十分な情報が公表されていない「エリアフランチャイズ制度」について広く情報発信することで、フランチャイズ業界の発展に寄与したいと考えてのことです。
ただし、本コラムはH23年3月の調査報告書を、そのまま抜粋したものであり最新の情報ではない点はご了承ください。

今回は「エリア・フランチャイズの歴史」を掲載します。

日本国内におけるエリア・フランチャイズの導入

日本でエリア・フランチャイズが導入される基盤は、フランチャイズが本格的に日本に導入された1970年に遡ります。それは、その時期アメリカ若しくはイギリスのフランチャイズ本部と、日本の企業が資本提携をして日本全土をエリアとするマスター・フランチャイズ契約を締結するのが一般的であったからであります。例えば、ミスタードーナツはダスキンと、ケンタッキー・フライド・チキンは三菱商事と、マクドナルドは藤田田商店と第一パンが、夫々マスター・フランチャイズ契約を締結しました。この外食産業のフランチャイズ化が、外資とマスター・フランチャイズ契約を結んだことが、後の日本国内でエリア・フランチャイズ導入の糸口になったと考えられます。

エリア・フランチャイズの歴史 >>>外食事業

小僧寿し

わが国においてエリア・フランチャイズが導入された歴史は必ずしも明らかではありません。金井高志弁護士の「フランチャイズ契約裁判例の理論分析」(2005年判例タイムズ社刊)によれば、「小僧寿し事件Ⅲ」最高裁判決(平成9年3月11日)の中で、次のように判決しています。

「株式会社サニーフーズYは、昭和47年5月に設立され、持ち帰り方式によるすしの製造販売という業態を確立しフランチャイズ・システムによって持ち帰り品としてのすしの製造販売を行いフランチャイザーとして加盟店(フランチャイジー)に対し持ち帰り寿しの製造販売方法、経営指導のノウハウを与え、継続的指導を行うと共に持ち帰り寿しの材料の供給を行うなどしている訴外株式会社小僧寿し本部(Yのフランチャイザー)との間でフランチャイズ契約を締結し、そのフランチャイジーとなると共に、自らも四国地域におけるフランチャイザー(地区本部・サブ・フランチャイザー)として加盟店との間でフランチャイズ契約を締結していた。(以下略)」(本案件は「商標権」に関する争いである)

金井氏は、

この最高裁判決は、最高裁が「フランチャイズ契約により結合した企業グループは共通の目的の下に一体として経済活動を行うものである」と判示し、エリア・フランチャイズ(サブ・フランチャイズ)を含むフランチャイズ・システムを認知したものとして意義がある」(同誌 348P)

と述べています。

また同じ判決文の中に「遅くとも昭和53年には、本件商品の製造販売業者として著名となっており」とあるので、エリア・フランチャイズは遅くとも昭和53年(1978年)までには日本で確立していたことが分かります。金井氏は同著の中で

「ただ、サブ・フランチャイズの法律的な研究はまだ十分にはなされていない」(同著 353P)

と述べておりますが、日本のフランチャイズの歴史の中でエリア・フランチャイズが最高裁判決に出たことは記憶に止める価値があると思います。

ほっかほっか亭

また、ほっかほっか亭総本部が1979年12月(昭和54年)に地区本部制を導入したことは、飲食店経営2009年2月号の「黒川孝雄のFC鋭断」に掲載された表-1「ほっかほっか亭の沿革」で明らかにされています。以下、飲食店経営2009年2月号の文章より概要を引用致します。

『1979年から各地に地区本部を設立していった。この地区本部制度は、フランチャイズではエリア・フランチャイズ制度と呼ばれるものである。地区本部制度の導入によって、店舗の展開スピードは急速になった。田淵氏(創業者)はフランチャイズ化とは「チェーンストア化」であると考え、チェーンストアの大先輩であるダイエーとの提携を1984年4月に選択した。1985年には東部、関西、九州の3地域本部制を導入した。東部はダイエー傘下の「ほっかほっか亭」、関西は青木達也氏(現ほっかほっか亭総本部社長)が率いる「ほっかほっか亭大阪事業部(現ハークスレイ)、九州・山口地区は「ほっかほっか亭九州事業部(現プレナス)が布陣して、この地域内に地区本部を置く体制となった。ほっかほっか亭は3地域本部制の再編により、1989年には2,000店舗を超え、増加を続けた。特にダイエー(東部地域本部)に刺激を受けて、関西・九州が伸びた。ほっかほっか亭は2003年12月期には全国3,500店舗を達成し、持ち帰り弁当店としては日本一の座を確立した』(飲食店経営 2009年2月号「黒川孝雄のFC鋭断」より引用)

 

日本の外食でエリア・フランチャイズを導入したのが、既に1千店以上に店舗を増加させていた小僧寿し本部、ほっかほっか亭総本部等でありましたことは、当時まだコンピューターの導入が進んでいなかった外食事業としては、エリア・フランチャイズを導入せざるを得ない事情があったと筆者は理解しております。

エリア・フランチャイズの歴史 >>>コンビニエンスストア

次に、エリア・フランチャイズに言及した文献としては月刊コンビニ2006年4月号に川辺信雄氏が「コンビニ全史連載6回」の中で、アメリカにおけるCVSのエリア・ライセンスについて述べた部分があります。以下引用致します。

「フランチャイズ・システムもさらに進化を遂げた。それはエリア・ライセンス(エリア・フランチャイズ)方式と呼ばれるものである。(中略)サウスランド社は1968年(昭和41年)に、ミシガン州サギノウのガーブコ社に、ミシガン州北部及び中部の特定地域にセブン-イレブン店を建設し、営業するために最初のエリア・ライセンスを与えた」

同じく、月刊コンビニ2008年3月号で川辺信雄氏はコンビニ全史連載33回で、日本のCVSのエリア・フランチャイズについて述べています。以下引用致します。

「セブン-イレブンに対抗するため、サンチェーンと合併して統合に忙しかったローソンを除き、他の大手チェーンはエリアFC(フランチャイズチェーン)制度を早くから導入した」

として、次の図表を添付しております。やや冗長になりますが、貴重な資料でありますので、一部を掲載致します。

エリア・フランチャイズの展開状況(98P)

エリア・フランチャイズ

ナショナルチェーン化を目指す一つの方法として提案された「サブ・フランチャイズシステム」

日本におけるエリア・フランチャイズの文献は皆無の状態でありますが、唯一「サブ・フランチャイズシステム」本橋一秀著(東京経済、昭和52年4月刊)があります。本著は副題として「ナショナルチェーン化への道」とされております。著者の本橋一秀氏は、(株)鮒忠専務取締役であり、かつ(社)日本フランチャイズチェーン協会の副会長でもありました。この文献を詳細に読み込みましたが、例えば実例、社名等は一切なく、サブ・フランチャイズシステムの作り方等を書いたものであり、残念ながら参考になる文献ではありませんでした。しかし、昭和52年に、この文献が出版されたということは、日本でもフランチャイズのナショナルチェーン化を目指す一つの方法として、サブ・フランチャイズシステムが業界の要職者より提案されたものと理解できます。従って、日本のエリア・フランチャイズは、必ずしも自然発生的に生まれたものではなく、このような指針を参考にして、各社が自社の実情に合わせて、生み出したものでありましょう。


以上の歴史から、やや大雑把でありますが、外食のエリア・フランチャイズは1975年頃(昭和50年)にスタートし、CVSはそれより10年遅れて1985年頃(昭和60年)にスタートしたと判断して大差ないと思います。

しかし、エリア・フランチャイズが大幅に取り入れられ、会社設立の早い段階からスタートするようになったのは、2000年以降であり、それは後に詳述致します。

日本初の書籍「エリアフランチャイズ(エリアフランチャイズ契約書実例付)」

■日本で初めてのエリアフランチャイズ制度導入のための指南書
■エリアフランチャイズ制度の導入が可能になる
■エリアフランチャイズ契約書実例付

エリアフランチャイズ制度を採用することで、一定規模のフランチャイズチェーンがその成長を加速させたり、加盟店に対する地域特性に応じたきめの細かいサポートを提供したりすることが可能になります。ところが、エリアフランチャイズの仕組は作ったもののトラブルが続発している、或いはかつてはエリアフランチャイズ制度を採用していたもののの弊害が大きいことから廃止したというチェーンが多くあります。本書は日本で初めてのエリアフランチャイズ制度導入のための指南書です。エリアフランチャイズ契約書の実例もついています。

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